歪曲

21世紀に入って早や20年近く、音楽も20世紀のものをリメイクしたものが多く聞かれます。
中にはリメイクにもかかわらず、あっけらかんとパクリ然としたものもあり。

最近TVでよく見るギャラクシーのCMにも強い違和感を覚えます。

バックに「ケセラセラ」をミュージカル仕立て風の感動的なコーラスで流してゐるのだけれど、同時に流れるテロップが問題。
「(スマホの)未来はどんな風にだって変えてゆける」

知らない人はこれをただのCMだと思うだろうけれど、画面に流れるテロップはまるで「ケセラセラ」の歌詞の日本語訳のように受け取れる演出になってをり。
しかしフランス語「ケセラセラ」のもともとの意味は「なるようにしかならない」です。
つまり「what ever will be will be」の部分も「何事もなるようにしかならない」と、全く逆の意味です。


昔から「換骨奪胎」という言葉はあるものの、本来とは正反対の意味にしてしまうのは、いかがなものか…?